このお話は、先日(3/16)に公開したブログ「丸く大きな心」の続きになります。
アナン、アニルダ、キンピラの三人の王子たちは、仏陀との謁見を終えて、ようやく、ブッタ・サンガー(仏教教団)の一員になります。
そして、仏陀の高弟である、シャーリー・プトラー(仏典では、舎利子、舎利佛と呼ばれる高弟)からも、祝福されます。
蓮の花

蓮の花

「人間釈迦 4」(高橋信次著 昭和51年11月24日 第1版) P.191~P.199
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 ブッタの話が終えたとき、シャーリー・プトラーがこちらにくるようにと三人の前に立ち案内してくれた。三人は涙と感激でよごれた顔をふきふき、体の大きいシャーリー・プトラーのあとにしたがった。
 シャーリー・プトラーは三人に向っていった。
「あなた方は、ブッタ・サンガー(仏教教団)の一員となった。あなた方は、これで真に救われたといってよい。これからは精進によって自己を作り、その喜びを人びとに分け与えるよう頑張って欲しい」
 三人は、それぞれ目を輝かせ、
「はい、ありがとうございました」
 と、口を揃えて頭を下げた。
 夕焼けが山を染め出していた。夕餉の煙が白く、幾筋も立ちのぼっている。
 三人はひと塊りとなって、小さくなった。まだみなとなじめないためだった。
 アニルダが小声でアナンにささやいた。
「お前、頑張れよ。お前に頑張ってもらわないと、俺たち三人の出家は身を結ばないからなあ-」
 アナンはそれに答えず、おし黙っていると、
「アナン、なぜ黙っている。念願が叶ってうれしくないのか」
 と、アニルダはアナンの肩をこずいた。アナンはアニルダに振り向き、
「それはうれしい。しかし、いまの俺はブッタ様の話を思い出しているところだ。少し黙っていてくれ」
 と、少しむっとした表情をみせた。
 三人がこんなやりとりをしているところへ、誰かが三人のそばに近づいてきた。顔を上げると、そこに微笑をうかべたブッタが立っていた。三人はびっくりして、居ずまいを正した。
 ブッタは、三人の顔をかわるがわる見くらべながら、よかった。よかったといわんばかりに軽くうなずいた。
「アナンよ。カピラを思い出すか」
「いいえ、ブッタ様のおそばに居られるいまの方がずっと仕合せです。ブッタ様、どうか私たちをよろしくお願い致します」
 といって、彼は頭を下げた。
「キンピラ。そなたは相変わらず元気のようだ。小さい時そのままだ」
 といい、ブッタは声を出して笑われた。
「アニルダ、肩はどうか。まだ痛むか」
「いえ、もうなんともありません」
 彼は、当惑しながら返事した。
 ブッタは、彼らのそばを離れた。
 三人はほっとして、
「びっくりしたな-」
「俺たちが山から転げ落ちたこと、ブッタ様はもうご存じのようだ」
「そうだ。本当だ。だが、まだなにも話していないよ。足から血も出ていなのだから、わかるはずがないしなあ」
 キンピラは、しきりに首をかしげ、そういった。
「アナン、お前どう考える……」
 キンピラがアナンにたずねると、その返事はアナンの口からでなく、またいつの間にか現れたブッタから、
「足許に気をつけることを忘れて、アニルダは足をすべらせ、アナンにつかまって、二人でゴロゴロと石ころのように転げ落ちた。痛かっただろう」
 と、いった。
 キンピラは、ブッタの言葉に目を丸くし、ブッタの通力に瞠目した。アナンもアニルダも、あいた口がふさがらなかった。
 ブッタはそれに頓着せず、
「アニルダの肩にこれを貼ってやりなさい」
 と、アナンに草の葉を手渡した。
 アナンは、いわれた通り、早速、その草の葉をアニルダの肩に貼ってやった。
 ブッタは、いっとき三人のそばを離れたが、それはアニルダの肩に貼る草の葉を探しに行かれたためであった。
 三人は、ブッタの思いやりの深さに、あらためて感激した。
 ブッタは、アニルダの肩にそっと手を当てられた。足にも手を当てられた。
 ブッタが手を当てるとどういうわけか、体全体にほのかなぬくもりが伝わってきた。アニルダは、いい気持になり眠気さえもよおしてくる。
 彼は、ハッとして目を見開き、心を正すことを忘れなかった。
「どうかな-」
 ブッタは柔和な眼差しでそういった。
「はい、とても楽になりました」
「歩いてみなさい」
 アニルダは幾分当惑しながら、いわれた通り立ち上がり、二三歩、歩いた。
 手を当てられる以前は顔や足の関節に痛みを感じていたが、今はちがう。全然痛みを感じないばかりか、怪我をする以前よりも体が軽くなり、なんともいえない爽快な気分だった。
 彼はブッタの前にひれ伏すと、
「どうもありがとうございました。おかげさまで痛みが消えてなくなり、体全体がとても軽くなりました」
 と、いった。
 ブッタは目を細めて軽くうなづいた。
 アナンとキンピラはアニルダの傍に寄りそい、よかった、よかったと、ともに喜びあった。
「アナン、そなたも足が痛むだろう。足を出しなさい」
 ブッタはこういって、アナンにも手を当てた。
(中略)……
 ブッタは治療を終えると、微笑をうかべながら三人のもとを去って行った。
「不思議だ。まったく不思議だ-」
 アニルダは首をかしげ、興奮しながら腰や足に目を移していた。
「本当によくなったのか、オイ、本当なのか-」
 キンピラも疑心の眼でアニルダに念を押した。
「本当もウソもない。これこの通りだ」
 アニルダは二、三度跳躍してキンピラに見せた。
「アナン、お前はどんな具合か」
 キンピラはまだ疑っていた。
「俺も同じだ。ブッタ様の不思議なお力で元通りになった」
「ふーん。そうか。俺もよく覚えておこう」
 アナンは、アニルダの肩にブッタから手渡された薬草をはってやり、三人はゴロリと横になった。
 こうして、三人は王子の生活からブッタサンガー(仏教教団)の一員となり、厳しい修行がはじまって行くのである。
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ブッタに帰依することができた三人の王子たちは、シャーリー・プトラーに、
「あなた方は、これで真に救われたといってよい。これからは精進によって自己を作り、その喜びを人びとに分け与えるよう頑張って欲しい」
と、励まされます。
 
三人は、「真に救われた」と祝福されました。仏陀の正法に帰依できれば、自分の精進次第で、悟りと安心の生活が、約束されました。
それを、「正法」の時代といい、幸せな時代でした。
 
仏陀はその場におられなかったにもかかわらず、アニルダが山道で転び、それを助けようとしたアナンも、一緒に怪我をしたことを、神通力でご存知でした。
そのため、わざわざ、アニルダの肩の怪我に効く薬草を捜して、持ってこられたのでした。
 
仏陀が二人を手当てされると、不思議なことに怪我の痛みが取れてしまいます。
仏陀のさりげない親切に、三人の王子たちは、大感激をします。
このころ、既に、仏陀の教団は2,000人を超える規模になっていたそうですが、そうしたことには、一切とらわれることのない、仏陀の思いやりの行為を、この世の社長や、社会で上に立つリーダーたちは、見習うべきだと思います。
仏陀は、そのようなリーダーだったからこそ、シャーリー・プトラーから、「あなた方は、これで真に救われたといってよい。」と、自信を持って告げらたと思うのです。