聖書の限界

モーセが神の声をきいたとされる「燃えるしば」 スピリチュアル
先日、高原剛一郎さんという方が「聖書」について語られているユーチューブ動画を、見つけました。
聖書に書かれている言葉に、命を与えるのは、聖書を信じる人間です。この高原剛一郎さんは、まれに見る弁舌家です。多くの人を魅了して、聖書の世界に誘っておられます。
モーセが神の声をきいたとされる「燃えるしば」

モーセが神の声をきいたとされる「燃えるしば」

高原剛一郎さんは、現代史などの歴史に詳しい上に、日本人には、なじみのうすい聖書について、特に終末の時がどのように預言されているかについて、分かりやすく解説されています。
彼は、信じる、信じないにかかわらず、聖書の神の預言は、成就するという信念を持たれています。
 
聖書に詳しくない私には、非常に勉強になりました。
 
旧約聖書は、モーセ五書と呼ばれる、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」から始まり、エゼキエル、ダニエルといったユダヤの預言者たちの預言を集めた書物です。
新約聖書は、イエス・キリストが伝えた、神の国の到来が近いという「福音」(良い知らせ)を、マタイ、ルカなどの十二使徒がイエスの言葉として、書き残したものです。
 
ただ、聖書に関して、注意しなければならないことがあります。
かつて、西暦325年に開かれたニカイア公会議において、多くの教えが異端とされました。
例えば、キリスト教では、転生輪廻を認めていません。
しかし、新約聖書 使徒行伝 第二章 5節以降には、使徒たちが、過去世の言葉(異言)を語っている状況が描かれています。
神の言葉が宗教になると、真実が曲げられてしまうこともあります。
 
このことは、聖書の一つの限界です。
 
ユダヤ教徒は、旧約聖書のみを信奉して、イエスキリストをメシアとして認めていません。さらに、新約聖書を神の預言とは認めていません。
高原剛一郎さんは、これをユダヤ人の大きな罪であると考えられています。
さらに、彼は、1948年にイスラエルを建国したユダヤ人は、将来、今のイスラエル国家が危機に直面して、滅びる瀬戸際のところで、イエスをメシアであると認める時が来ることを、予言されています。
 
聖書の預言は、様々な解釈が成り立ちます。
預言されていたことが、予想通りに成就した時に、初めて神の預言の解釈が定まります。
聖書の預言をどのように解釈するかは、人によってまちまちです。
 
このことも、聖書の限界です。
 
旧約聖書、新約聖書、コーランは、すべて神の預言の書ですが、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒では、それぞれの解釈が異なります。
解釈や立場の違いが原因で、ユダヤ人は迫害されました。
また、キリスト教徒とイスラム教徒との間で、十字軍という宗教戦争が起きました。
現在でも、その争いは、続いています。
「神仏習合、本地垂迹説」というブログに書かせていただきましたが、日本人は、神道も仏教も、その大元の神様は同じであると考え、神道も仏教も信じていきました。 現代の日本人は、神道・仏教のみならず、旧約聖書、新約聖書、コーランも、尊重しています。
この二十一世紀の時代、神(大いなる全て)、大天使ミカエルなどの天使、そして宇宙人たちから、様々なメッセージが、チャネリングや自動書記によって、降りてきています。
そのような形で、受け取られるメッセージには、偽物も含まれているかもしれません。 そのため、大局的な見地から判断して、つまり、審神者をして、神(大いなる全て)の意向を汲み取ることが、重要であると考えます。
このハッピーネットのブログは、できるだけ、ニュートラルな立場で、神(大いなる全て)の意思、計画について、書かせていただけたらと願っています。
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