本日(R4/2/25)は、いつもと趣きを変えて、「厚労省ホームページなどから『未成年接種』を考える」という、一昨日(2/23)の日本経済新聞全国版に掲載された、全面広告についてお話いたします。
その趣旨は、次の内容です。
これまで、未成年者のコロナ感染による死者は、4名であり、そのうち3名は、重度の基礎疾患があり、もう一人は事故で亡くなっています。それなのに、何故、未成年者にワクチンの義務化を進めるのか?
新型コロナのワクチンは、ワクチンの安全性を確認する手続きを、”特例承認”で省略しているため、何が起こるか分からないままに、接種を進めています。
コロナワクチン接種後の死亡者の中で、医者がワクチンの影響を疑って厚労省に報告した事例が、1月14日時点で1,444人に達しています。勿論、厚労省はそれを認めていません。
全国の医師390人が、連名でワクチン接種中止を求める嘆願書を厚労省に提出しています。
新型コロナ感染死亡者の累計は、昨年2021年12月31日までで、たった 1.8万人です。
2020年の日本国内の死亡者統計では、癌 37.8万人、心疾患 20.5万人、老衰 13.2万人、脳血管疾患 10.2万人、肺炎 7.8万人、誤嚥性肺炎 4.2万人、自殺 2万人であるにも、関わらず、です。
広告の掲載者は、以下になっています。
株式会社ゆうネット 新型コロナウイルス関連情報発信センター
代表取締役 堤 猛 福岡県福岡市中央区天神4-1-17 2F
TEL 092-235-2470 メール mail@dbank.jp
私は、そろそろ、政府、政治家、医師会、マスコミなどによる“大本営発表”の虚構に、国民は目を覚ます時ではないかと、思っています。
この全面広告について、私の家族と、何人かの友人たちに、メールで伝えました。
私の家族は全員、ワクチンを打っていないので、当たり前のことだと考えているためか、一人も返信はありませんでした。
実は、高校時代の友人の2人と3人で、3月に入ってから、一泊旅行をする計画があります。
その友人の一人から、彼の家族が先生をしている学校で、相当数の陽性患者がでたそうで、校長判断で休校にはしないことになったけれど、旅行はこのまま決行するのか?という質問がありました。
もちろん、旅行は、3人で行くことになりました。
ある友人から、次のようなお返事をいただきました。
「もう殺人事件としか言いようのないレベルです。
北海道の知事も大阪の知事も岐阜県はもう五才以上配布済みだそうですよ。
でもみんな知ってるんですよ
政府関係者は 一般の人は知らないから打つ
政府の腐敗を知らないみたいに思ってるけど
知らないんでなく知りたくないだけです
見たくない 見る位なら打ったほうがいいみたい」
とのことでした。
また、別の友人からは、次の返信がありました。
「個人的にお話できる友達にはお知らせしておきます😊
ありがとうございます❗️」
そして、日経を読まれているはずの友人から、次のようなお答えがありました。
「こんにちは😃。多分、見ずに通過してます。」
おそらく、マスコミや政府を信頼していて、全く興味がないのかもしれません。
ある友人からは、次のような問いかけがありました。
「若い世代は多くの情報を探せる立場にありますが、
最後は何を選択するか…1人1人の自立、
こっちと誘導される枠を越えられるか。
黒川さんは具体的にどのような行動をされるとお考えなのですか?」
それには、次のように、お答えしました。
「もちろん、打つ打たないは、本人の選択です。
打ちたくないのに、打った人を何人も知っていますが、事情があれば仕方ないことです。
(同じ世代の男性の)自分の友人は、全員3回目を接種しています。
政府のやることだから間違いないはずだと、深く考えていないのです。
そういう人たちに、気づいてほしいと思っています。」
まだ、一人、お返事がないお母さんの友人がおられます。
その方は、ご主人が医療従事者なので、昨年、彼女が打つ、打たないで、一悶着あったそうです。
おそらく、子供に対しても、打たせる、打たせないで、問題が起きる可能性があります。
今回は、この全面広告を根拠として、医療従事者のご主人を説得できるでしょうか?
それとも、打たせたくないのに、打たせるということになるのでしょうか?
さて、この「ワクチンの未成年接種」の全面広告を読まれて、どのようにお感じになったでしょうか?
読者の方の中にも、夫婦間で同じようなもめ事を体験されている方もおられると思います。
確か、イギリス保健省は、子供へワクチンを接種した結果、接種した子供の死亡率が、接種しない子供の死亡率の52倍であった、という発表をしているということを、どこかで聞いた記憶があります。
ワクチンを接種されて、副反応がきつい人も、また不幸にも、お亡くなりになった方もおられますが、今のところ、何ともない人が大半であることも事実です。
死を怖れ、心配しすぎることも、やはり”怖れ”に変わりないので、それもアセンションでは、手放すべきことでしょう。 (黒川 記)