これは、「一週間の反省」のブログの続きのお話です。三人の王子は、反省に真摯に取り組みます。 キンピラ、アナン、アニルダは、仏陀の先輩弟子である、バッティーヤーに指導された通り、一週間の反省を始めます。
「人間釈迦 4 カピラの人びとの目覚め」(高橋信次著 昭和51年11月24日 第1版) P.172~P.178
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三人は思い思いに瞑想の場所を探した。反省瞑想の時間は、夜、昼関係なく続いた。三日目には携帯した食糧も残り少なくなり、仕方がないので村や町に出て、まだサロモンではないが、乞食に出掛けた。
軒先に立って食を乞うと、三人の僧衣はまだ真新しく、しかも年若いので、みな一様に怪訝な顔をするが、黙って米や野菜を与えてくれた。
三人は、布施をうけた食糧を出しあって食べた。家にいるときとちがい、粗末な食糧なので、四日目には無精ヒゲも生え、疲労の色が濃くなっていた。
アニルダがいった。
「出家というものはつらいもんだね。腹がすいてきても、手軽にものを食べることもできない。毎日、同じようなものばかり食べているので、こんな調子がこれからもつづくとなると、これから先、やって行けるかどうかわからなくなってきた。精舎の生活も、こうなのかなあ」
「さあ、どうかね。私もこりゃ大変だと思っていた矢先なんだ。家を出たときは恰好よかったが、修行はこんなにきびしいとは思わなかった」
「アナンもそう思うか」
「そりゃそうだ。つらいものはつらいよ。ここではヤセ我慢もいけないんだから、正直にいうよ。キンピラ、君はどうか」
アナンは、キンピラをかえり見て、訊ねた。
「そりゃ同じだ。ただ、ここで毎日反省してみていると、いかに自分がいたらなく、恥ずかしい思いの連続であったかがわかり、これからブッタの弟子としてやって行けるか、その方が重大な問題になってきたように思える」
「ほう、そりゃ立派なものだ。そこまで反省が徹底すれば心配ないよ」
「キンピラの頭のうしろにオーラーが見えるよ」
アニルダが冗談をいった。
キンピラは、冗談とも知らずに、自分のうしろをふりかえり、
「なにも見えないじゃないか。君は、霊視ができるようになったのか」
と、きいた。
「キンピラ、オーラーは、いくら君がうしろを向いても見えるわけないよ。オーラーは、君の眼の後にあるんだからね」
といって、彼は腹を抱えて笑った。
キンピラは、アニルダの冗談とわかり、ムッとなった。
アナンがアニルダに向っていった。
「アニルダ、冗談はよせよ。キンピラは真剣に自分を見つめているんだ。お互い、この一週間で、無事にブッタの弟子入りしなければならない。もっとまじめに話し合おうよ」
「悪かった。しかし、あまり深刻になるのもどうかと思うよ。自分を見つめることは大事だ。しかし、見詰めすぎて、自分をいじめつけては、かえってブッタの教えにそむくと思う。バッティーヤー様もいっていたじゃないか。悪いとわかったら相手の人に詫びなさいって」
「そりゃそうだ。しかし、詫びただけでいいのだろうか。私もずっと反省し、悪かったことを詫びつづけてきた。人は詫びただけで許されるものかね。この辺のことになると私は、皆目わからないのだ。」
アナンは、アニルダとキンピラに、こう問いかけた。
すると、キンピラが口を開いた。
「反省の結果は、これからの生活にあるのだろう。私の心配は、反省そのものではなく、反省後の生活なんだ。つまり、自分に自信が持てないというのが、今日までの反省の結果なんだ。
反省して、自分が正しいなんて考える人は、まず反省などしないだろう。少なくとも自分をふりかえってみようという人なら、反省の結果は、いたらないことが無数に浮き出てくるはずだ。だから問題は、反省後の、反省した事柄に自信をもって生活ができるかどうかにあるではないか。
反省の目的は、二度と同じ間違いを繰り返さないことだろう。だとすれば、一週間の反省は、いわば原因の発掘であり、原因を正しく把くことにあるだろう。ところが、私は意志が弱いから、原因は把んでも、それから先の実生活については、まったく自身がもてそうにないんだ」
アナンもアニルダも、深くうなづいた。キンピラのいうとおりであった。
問題の所在は反省後の生活であり、これがいい加減になったら、いくら反省をしてもなんの価値もなかった。
キンピラの危惧は、アナンもアニルダも当てはまった。三人は、黙りこんで、この問題をどう処理したらよいものかと、考え込んでしまった。
林の中は夕闇が迫っていた。彼らは夜の支度にとりかからねばならないが、そこは若い三人である。問題が出てくると、焚き火の用意も炊事の支度もそっちのけで三人は考え込んだ。
まず、アナンが口火を切った。
「キンピラの危惧は私やアニルダも同じと思う。意志の問題は私などキンピラより弱いが、しかし、実際のその場に立ってみないと、本当はわからないのじゃないの。今までの私達は、ああ悪かったというだけで、今のように原因追究に骨身を削る反省など一度もしたことがなかった。
ところが、現在はそうではない。お互いに、欠点や業(かるま)について真剣に掘り下げてみようとしている。この反省の態度だけでも、これから先の生活に、自信を持ってもいいのじゃないかと思う。これから先の生活は、あくまで未知数であり、その未知数の生活に、あれこれ考えをめぐらすのはどうかと思うが、どうだろう。
間違いの原因は、たしかに根深いところにあると思うが、日常細かいことの間違いは、自分を常に冷静に保つことを忘れ、その場、その場の雰囲気に、つい流されてしまうために起こると思う。だから、こうした日常の些細な生活のなかにあっても、常に冷静さを失わずやっていけば、そう心配することはないと思う」
「そうだね。アナンのいう通りだ」
キンピラは、明るい顔で答えた。
アナンが指摘するように、これまでのキンピラは、反省など一度もしたことがなかった。ブッタ入門で、生まれてはじめて反省し、こうして反省してみると、自分の欠点がいたるところで顔を出し、たまらない屈辱感に襲われたのであった。
人生は、やってみないことにはわからない。歩き出す前から、あれこれ考えてみても、まず十中八、九までは、杞憂に終わることが多い。彼は、アナンの言葉で、思い直し、やってみようと心に誓った。
アニルダも同じだった。彼もまた、ここまできた以上もう後にはひけない。だいいち彼の場合は、兄のまーはー・ナマーを差しおいて出てきた身である。今さら、のめのめと我が家の門口に立てる道理はなかった。
「三人で頑張ろう」
アニルダは笑顔でこういうと、すくっと立ち上がり薪を拾いに林の奥深く入って行った。
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以上、です。