幽体離脱 その1

合同合宿で、興味深いシェアがありました。
それは、以下のような内容でした。
「高橋信次先生から、人間の悟りの段階は、九段階あり、守護・指導霊との交流は、第三段階、幽体離脱は、第五段階であると教えていただいた。 私は、このテーマについて、長年、疑問追及を繰り返し、本当にそうだろかと、疑問に思ってきた。 この第五段階の幽体離脱までは、誰でも到達できる境地であるとおっしゃったけれども、その境地に達している人を、一人も知らない。 いくら信次先生の教えだからといっても、この件については、どうしても受け入れることができない。」

なかなか勇気のある方です。

ここでいう「幽体離脱」とは、自分の意識が体を離れて、自分の肉体を頭上から見ているような感覚を得ることです。
そして、体を抜けて自由に、海の上や空中を飛びまわったりできる霊的な力を言います。

40年以上前に、当時、GLAの特別研修生であったある方に、「『宇宙即我』とまではいかないけれど、『宇宙即八起ビル』くらいにはなれたかなあ」と、お聞きした記憶があります。注、八起ビルとは、高橋信次先生が、所有されていた浅草のビル。
 
人間は、ある程度、訓練をすれば、そのような霊的能力を身につけることができるのかもしれません。
しかし、「幽体離脱」ができる境地に到達しても、それを使う必要性がなければ、そのような霊的な力は、無意味であるといえます。
お釈迦様の時代に、阿難尊者というお弟子さんがおられました。 この阿難尊者は、いつも、お釈迦様の側に控えておられた秘書のような方でした。 そのため、お釈迦様の説法を、一番多く聞かれていました。
ところが、阿難尊者は、過去世の記憶を思い出せないため、阿羅漢の境地に達しているとは、認められていませんでした。 お釈迦様が入滅された後、大迦葉尊者を中心に、五百人の阿羅漢が集まり、第一次結集という集まりがありました。それは、お釈迦様の説法を、後世に正しく伝えるために、仏弟子同士で、教えを確認することが目的でした。 その時、阿難尊者は、阿羅漢ではないとして、外されそうになったのですが、直前になり、過去世の記憶を思い出したため、阿羅漢として参加することを許されたのでした。 その結果、阿難尊者は、第一次結集に加わることができました。
お経で、如是我聞(私はこのように聞いた)の言葉の「我」は、大半が、この阿難尊者を指すといわれているほどです。
この故事から分かるように、悟りの境地と、いわゆる霊的な力とは、必ずしも、一致しない(比例しない)といえます。
合同合宿に、参加されていた他の方から、彼の幽体離脱についての疑問に対し、次のような体験のシェアがありました。

その方は女性で、中学生の頃、交通事故に遭われたのでした。

自転車に乗っていた時に、横からオートバイが来て、彼女の自転車をはねました。 そして、彼女の体は吹っ飛びました。 それと同時に、彼女の霊体が体の外の出て、上空からその光景を見ていました。 その時、隣に60歳くらいの男性がいて、親しく話をしていたことを、覚えておられるそうです。 彼女には、その男性が、守護霊さんだったと、今となっては思えるのだそうです。
事故に遭った直後に、彼女は幽体離脱を体験しました。
しかし、幽体離脱の体験は、彼女が意図して行ったわけではありませんでした。
私たちは、守護霊の声を聞く、あるいは、幽体離脱するというような、霊的な能力を求めたくなるのものです。 そのために、いろいろなセミナーが開催されています。 興味本位で、そのような力を求めることは、悪霊や、動物霊の餌食になりかねず、危険ですらあります。 そのようなセミナーは、お金と時間の無駄になるといわざるを得ません。 かくいう私も、いろいろ、高価なセミナー(例えば、透視セミナーなど)に、参加したことがありましたが、特殊な能力は身についたことがありませんでした。
結局は、「何も不思議、奇跡を行わなくても……」ということに、尽きるのです。
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