次回の「構成吟」

彦根城 「埋木舎」の門 詩吟
4年前(2014年)に、私たちの詩吟大会の「構成吟」では、「幕末、開国とき」と題して、井伊直弼の生涯を劇として、演じました。
彦根城 「埋木舎」の門

失意の井伊直弼が過ごしたといわれる「埋木舎」

その時、運よく、私は詩吟の「構成吟」の台本を任されました。そして、「構成吟」の中で、「剣舞」を舞わせていただきました。
 
先日、他の会が上演した『明治大帝』という「構成吟」を観劇した時、4年前の「構成吟」で、台本を作って、自ら手を挙げて、剣舞を踊ったりしたことを思い出しました。、
 
4年前は、入会して日が浅かったので、そもそも、「構成吟」がどのようなものか、よく理解していませんでした。剣舞の素養もありませんでした。
 
全く、剣舞の経験ががないにも関わらず、3,4か月の練習期間で、よく恥ずかしげもなく、剣舞を踊ったものだと思いました。実は、そのことが、居合を趣味として始める、きっかけとなりました。
 
そして、台本も、全く書いたことがない素人なのに、入会を勧誘してくれた友人に、「書く人がいないから、何とか書いてくれない?」と、半分泣きつかれたため、書くことになったのです。
結果としては、前評判の低さにもかかわらず、家元に褒められ、宗家には「大成功だった。」という、お言葉をいただいたくらい、成功を収めることができました。

先日の『明治大帝』の評判は、「皇国史観」が色濃く出すぎていたためか、大会の後のパーティでは、いま一つのの評価でした。家元から、『明治大帝』に対する、お褒めの言葉はありませんでした。そして、宗家から、大成功という言葉は聞かれませんでした。

『明治大帝』というテーマが、お二人のメンタリティに合わなかったのかもしれません。
 
大会の後の宴の席で、次回の私たちの「構成吟」の話になりました。
会の幹部の方から、「次回の「構成吟」の台本も、よろしくお願いします。」と頼まれました。テーマは、西郷隆盛と決まっています。
 
剣舞についても、前回、指導をしてくれた先輩から、「踊りの型は、用意しておくから。」と、次回も当然やりますよという感じで、期待をされました。
次回の「構成吟」は、数年先ですが、もうその現実を引き寄せているのだな、という実感があります。 こういう機会を与えていただき、まず思うことは、「構成吟」を見に来てくれる人たちに、如何に喜こんでもらうか、如何に感動してもらうかということです。
前回、題材にした井伊直弼は、勤皇の志士にとっては、憎むべき大悪人でした。しかし、彼の行った、安政の大獄は、立場上やむを得ないことだったと思います。
その悪役ぶり、の影に隠れてしまっている、彼の才能であったり、善政を施した名君ぶりであったり、桜田門での潔い最期であったりを、分かりやすく表現して、見ていただいた方に、楽しんでおうという、サービス精神で台本を書いて、剣舞を舞いました。 上手にやるというより、台本も剣舞も評価をあまり考えずやったことが、皆さんに感動していただけた要因だったと思っています。
次回の「構成吟」も、知られざる『西郷隆盛』の一面を、うまく表現できたらいいなと思いつつ、バシャールのいう「ワクワク」で、体当たりでやってやろうと思います。
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