「聖人」について

在りし日の松川晃月師 十三神之祈り

最近は、家の中の整理をしています。家が整理整頓されると、心の中も整理整頓されて、波動が上がるように感じます。

さて、今回、引き続き、「せいじんの道」の中の「聖人」について、お話させてください。

在りし日の松川晃月師

在りし日の松川晃月師

「聖人」とは、読んで字のごとく、耳と口が王様の人という意味であると、晃月師はいつもおっしゃっておられました。
言い換えると、聞くこと、見ること、語ることが、神のような存在ということになります。

「聖人」とは、神のように、聞いて、見て、語る人なので、アセンデッド・マスターと言いかえてもよろしいかと思います。

アセンデッド・マスターの代表的な存在は、イエス・キリストであり、釈迦です。
この聖人とは、人間が究極的に、目指すべき目標です。

せいじんの道」のブログでは、次のように書かせていただきました。

人間は、「性人」から「正人」、「正人」から「成人」、「成人」から「誠人」、「誠人」から「聖人」を目指す存在であると言っているのです。
それが、お神が人間に期待する生き方なのです。

生まれたばかりの赤ちゃんの波動は、天上界にいた時の波動そのままです。
しかし、物心がつくにしたがって、「エゴ」が顔を出すようになります。

そして、この地上界に生まれると、天上界のでの記憶は、一旦すべて忘れさせられます。
最近は、生まれる前のことを記憶している子供たちも多いようですが、大人になるに従い、多くはそうした力を、失っていくようです。

そして、物理次元に順応していくに従って、結果として、私たち人間は波動を下げることになります。

成長するにしたがって、この物理次元の現実世界で、様々な経験をすることになります。
自らがあの世の天上界で、計画してきたプログラムにそって、出来事が起きてきます。

何かの出来事をきっかけとして、悟りの道を歩むようになって、耳と口が王様の人、つまり、聞くこと、見ること、語る人になった人が、「聖人」です。

人によっては、本能のままに生きる「性人」の段階で、人生を終える人もおられるでしょう。
「正人」のレベルまで、到達する人もおられるでしょう。
あるいは、なるほどといわれるような一角の人物」である「成人」まで到達する人もおられることでしょう。

私は、「誠人」については、誰でも、到達できる段階なのではないかと思っています。

ただし、「聖人」の段階に到達するには、それこそ、何度も何度も、気の遠くなるような転生輪廻を繰り返し、一歩一歩魂の成長の階梯を上がって到達できるレベルだと思います。

永遠とも思えるような時間を掛けて精進をして、ようやく「聖人」になれると思うのです。 しかし、だからと言って、諦めてしまったら、永久にその道は閉ざされてしまいます。 今、気づいたときから、「聖人」への道を歩みはじめることが、お神の本願であると思います。
私は、毎日、お祈りの奏上で、次のように唱えるようにしています。
「耳と口が王様の人を目指して、精進を続けさせていただきますよう、心より御願います。」
それにしても、「聖人」への道は、遠きを感じます。
現在は、「アセンション」のプロセスに入っていると言われています。 この「覚醒の時代」において、私たちは、言葉が成る「誠人」や、耳と口が王様のような「聖人」を目指すことにより、これまでの過去の時代にとは違い、その願いがお神の受け取るところとなるように感じるのです。
いずれにせよ、淡々段々と、精進の道を歩んで行きましょう。
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