昨日(8/30)、「魔法の言葉」というブログを書かせていただきました。
ブロッサムさん 2019年7月29日

ブロッサムさん 2019年7月29日

この魔法の言葉「私は光、私は愛、私はすべて。」にある「愛」という言葉について考えてみました。
日本では、「愛」という言葉は、通常は、男女間の恋愛の「愛」という意味で、受け取ることが多いです。
 
しかし、「私は光、私は愛、私はすべて。」の「愛」は、明らかに、男女の「愛」ではありません。
そこで思い当たった「愛」の形の一つは、母親に対する愛情、母と子の絆でした。
 
もちろん、母親の子供に対する愛情は、「無償の愛」とされています。
逆に、子供が母親から受けた愛情に対して、どのように応えているかということです。
(注、内観研修では、こういう点をしっかり観ます。)
 
2015年夏に、私の母親は脳梗塞で倒れました。
その時、いろいろな病んだのですが、会社の経営者として、フルタイムで働いていたのを、辞めることにしました。介護離職です。
介護離職を、社会損失になるとおっしゃる方もあられますが、これは個人の心の問題だと思います。
 
母親の介護に専心することを選んだことが、私にとって、母親に対する愛情でもあり、新しい生活を始める、大きな転機となりました。
自分が経営している会社を譲渡する決心をしました。この選択が、このブログを書くというライフワークにつながりました。
 
母が入院している病院には、毎日、欠かさず、顔を出すようにしました。
母が入院した当初は、しばしばたわいもないことで喧嘩をしましたが、大喧嘩した翌日でも、何事もなかったかのように、母の病室に足を運びました。
 
母親とは、それまでとは違い、本当に、親子としての絆を深めることができました。
脳梗塞に倒れた母親は、私に対して、二度涙を見せました。
一度目は、2015年12月末に、私が会社の経営者を辞めて、いよいよ母の面倒を見ることになった時、母親は、「あんたに会社を辞めさせて、申し訳ない。」と泣きました。
そして、母が大腸がんを患い、人工肛門を付けることになり、子供の自分が、その世話をすることになった時も、「あんたに、こんなことをやらせて、申し訳ない。」といって、泪を流しました。
 
母を介護するうちに、母は私を全面的に信頼するようになりました。
 
先日、ある人と介護のことで、話をする機会がありました。
その方のお母さまは、最近、施設に入られたそうです。
 
そのお母さまは、息子夫婦が面接に来ても、全く誰か分からないそうです。
彼は、次のようにおっしゃいました。
 
「母を施設に入れても、身内が全く訪問しないというのは、世間体が悪いので、週末の土日のどちらかの日には、夫婦揃って、その施設に行くようにしている。」
 
そのために、お母さまに面会されるようにされているそうです。
 
世間体があるので、母親に会いに行くというのと、母親が淋しがるから、毎日会いに行くというのでは、愛情の強さ、深さが違うと思います。
 
彼のお母さまが、彼の顔を見ても、誰か分からないのは、母親に育ててもらったことへの感謝の念を、忘れてしまっているからのように思います。
お母さまは、疎外感を感じているうちに、息子とのコミュニケーション(絆)が失い、息子を認識できなくなったように思うのです。
 
私の母は脳梗塞で倒れて、2年後に89歳で亡くなるのですが、最後まで、意識がはっきりしていていました。
亡くなる日の前の晩に、孫と普通に話をして、翌朝、あっけなくあの世に旅立ちました。
 
愛というものは、目に見えるものではありません。
しかし、その人の行動を見れば、愛情があるのかないのかは、ハッキリと分かってしまいます。
 
神様をどれだけ愛しているか?についても、同じことがいえます。
その人が行動を見れば、その人の神様への愛情の深さや強さが、ハッキリわかると思います。
神様に対する祈りや瞑想が、日常的に行われるはずです。
そして、次元の異なる世界なので見えないが、確かに、自分の周りにいる、「守護霊」、「指導霊」との交流、自分のハイヤーセルフとの交流についても、祈りや瞑想などの形として、現れると思います。
目には見えない存在との絆(愛)の強さが、高次元の世界へ次元上昇するための原動力になると思います。
私は光、私は愛、私はすべて。」という言葉を唱えることは、目には見えない神様や守護霊、指導霊との絆を深めます。
そして、自分自身をアセンションさせる大きな力になると思います。
P.S. 明日(9/1)から、9/8まで、北陸内観研修所で、内観研修に入らせていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。