足るを知る

京都、竜安寺 蹲い(つくばい) 吾、唯、足るを知る スピリチュアル
「足るを知る」という言葉を、皆様、ご存じでしょうか?
京都、竜安寺 蹲い(つくばい) 吾、唯、足るを知る

京都、龍安寺 知足の蹲踞(つくばい) 吾、唯、足るを知る

「足るを知る」ことにより、心静かに、穏やかに暮すことができます。
「足るを知る」ことができれば、「今が幸せ。明日は、もっと幸せになれる。」と、思える自分になります。

例えば、掃除、洗濯、料理などの家事をしている時にも、ささやかな達成感や、喜びを感じることは、足るを知ることです。

足るを知らないと、現状に満足ができません。不平不満が残ります。そうなると、幸せにはなれません。心静かに、穏やかに、生活していくことができません。

悩みごと、トラブルがある場合、それを諦(あきら)め、手放す、勇気が必要です。
人生を生きる悩み、問題の全てを手放し、諦めたところで、見えてくるものが、本当の、本来の自分なのです。

与えられている以上に、欲しがらない。
足るを知ることは、与えられたものに感謝しながら、生活するということです。
 
不労所得を少しでも、増やそうと考えている友人がいます。
彼は、十分な資産を持っていて、これ以上のお金は必要がないと思えるのですが、自分の持っている株の値上がり益や、配当が気になって仕方がないようです。
 
私の年代(60代後半)の友人が集まると、よく年金の話や、株で儲けた自慢話など、お金のことがよく話題になります。
 
黙って聞いているのですが、自分が生活できるだけ、お与え(お金)があれば、それで十分なので、株で儲かったという話には、サッパリ、興味が湧いてきません。
 
政府は、65歳を過ぎた高齢者にも、出来るだけ働いてもらおうと、一億総活躍社会というスローガンを掲げています。
政府からみると、65歳を過ぎて、働いてくれる労働人口は、社会保険料を支払ってくれる上に、年金の支払いが少なくて済むので、ありがたい存在です。
日本は人手不足であるため、企業にとっても、都合の良いことなのでしょう。
 
65歳を過ぎて、フルタイムで働こうとすると、土曜か日曜は、完全休養日にしないと、体がもたないと友人は言います。
そこまでして、所得を稼がなくても、年金収入で、暮らすほうが、ずっと気楽なのにと思います。
 
私自身は、早くリタイアして、幸せな老後、悠々自適の生活をすることに、憧れてきました。
お陰で、年金収入の範囲で、楽しく生活できるようになりました。これは、本当に幸せなことだと思い、いつも感謝をしています。
 
毎日が日曜日の生活になって、自分が本当にしたいことを、見つけることができました。
このブログを書くことを、ライフワークのように感じていることも確かです。さらに、ブログを書くことで、より深く、人生の学びを得ることができます。そのことの方に、より大きな意味があると感じています。
 
ブログを書くことは、自己表現ですが、自己を見直す機会でもあり、本来の自分に戻るための内省の場でもあります。
このブログは、内省の副産物なのです。
一日一件のブログを書くというノルマがあることで、目的や生きがいを見失うことなく、怠惰になることもなく、お陰様で、充実した人生をおくっています。
定年退職をした男性が、やることがなくて、身の置き場に困るという話を、聞くことがあります。 それは、贅沢な悩みといわねばなりません。 与えられた収入と時間に、満足して、残こりの人生に積極的な意味を見出すことが、「足るを知る」生活です。
「足るを知る」生活に入ることで、幸せになります。 「足るを知る」人生を過ごす人々が、増えれば増えるほど、より明るく、豊かで、幸せな世の中になっていくと思います。 これも、一つのアセンション(次元上昇の)姿であると思うのです。
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