ユーチューブの動画を見ていたら、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)という神名を唱えることで、幸せになれる、運がよくなるというお話をされているユーチューバーさんがおられました。
 
私は、2年ほど前までは、天之御中主之命(アメノミナカヌシノミコト)を主神として、信仰するX教団に通っていました。
十三神之祈り
2年前(2017年)の12月に、そこを追い出されることになり、現在は、ただ一人で、天之御中主之命を主神とする十三神之祈りを続けています。
 
2017年9月1日のお祭りの日に、ある方が降りてこられて、次のような趣旨の話をされました。
「もし出直した時(死んだ時)、たとえ、極楽浄土に行けていなかったとしても、この祈りを続けていれば、誤りに気付くことができ、最短で極楽浄土に行ける」
X教団では、現在も、毎日毎晩、天之御中主之命を中心とした十三神之祈りを、奉献されていることと思います。
 
仮に、お互いに信仰の道をコースアウトしても、最終的には同じ神元に行けるものと、願っています。
 
私の他にも、そのX教団を追い出された方が、沢山おられます。
 
そのX教団の幹部の方は、「個人的な考えで、X教団から出て行ってもらっているわけではない。すべて、神様と相談した上での処置である。」とおっしゃいます。
 
そこでいう、その神様が、本物の神様なのか,低い次元の存在が騙っている、偽の神様なのかが問題です。
神様が、本物か、偽物かを見分けることを、審神者(さにわ)と言います。
 
人の言葉、神の言葉」というブログで書かせていただいたことですが、ある方が降りてこられて、次のようにおっしゃいました。
 こんなところまで来て
 何で神様ととがわからへんのや
 ひとの言ってる言葉か
 神様が言ってる言葉かも
 わからへんのか え
ここでいうとは、目に見えない雑霊(低級霊)を意味しています。
 
実は、霊媒の方の心の状態によって、本物の神様が現れることもあれば、神を偽る何者かが現れるケースもあるのです。
そこに、混乱と悲劇が起きます。
 
あの世から見れば、霊媒の背後にいる存在が、本当の神様なのか、偽物なのかは、簡単に見分けられます。
しかし、盲目の人生を歩んでいる人間には、なかなか、霊媒が語る言葉が、人の言葉なのか、神の言葉なのか、見抜くことができないのです。つまり、審神者(さにわ)ができないのです。
 
そのX教団を追い出された方に、最近、お会いしました。
 
その方は、「今回のX教団のことで、懲りたので、もう二度と信仰はしない。」と、キッパリとおっしゃいました。
 
折角、ここまで神仰を続けてこられたのに、残念に思いましたが、致し方がないことです。
確かに、今は、もう外に神を求める時ではないです。
しかし、まだまだ、世の中には、誤った信仰が溢れていると思います。
松川晃月師は、直接神を仰ぐ「神仰」、つまり、自分の中に存在する「神」を、仰ぐことが、本当の信仰だとおっしゃっておられました。(注、それぞれの人の心の中にある、神の火種子のことを、晃月師は「晃月」と呼んでおられました。)
このことは、自分の心の中に存在する、神の光、エネルギーに目覚めることに他なりません。
今という時代は、自分の外に、神や、信仰を求める時ではなくなりました。
自分自身の中の神に目覚めることが、求められているのです。
ブロッサムさんは、「私は光、私は愛、私は全て。」であると、目覚められました。
漸く、私たちは、自分自身の光に目覚める時が来たのです。