このお話は、「丸く大きな心」の続きです。 ウパリは、お釈迦様の十大弟子の一人、持律第一といわれる、優波離(うぱり)のことです。
彼は、出家する以前は、シュドラー(奴隷階級)出身で、仏陀の故郷であるカピラ城で、床屋をしていました。
カピラ城ゆかりの人たちが、次々と出家する中、床屋のウパリも出家の覚悟を決めました。そして、仏陀がおられるニグロダに向かい、シャーリー・プトラー(注、舎利佛、または、舎利子のこと)のもとを訪ねます。
「人間釈迦 4」(高橋信次著 昭和51年11月24日 第1版) P.203~P.214
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(ウパリは)自らの頭を剃り、汚れた僧衣に身を包んだ。歩いているとサロモン(僧)は自分にとってふさわしい境涯だと思った。
ニグロダに着くと、シャーリー・プトラーにすぐ会えた。シャーリー・プトラーはウパリの姿を見るなり目を疑った。ウパリの頭から淡い黄金色の光が放たれているのである。まだ七日間の反省もしないのに、どうしてウパリの頭から後光が射しているのだろうと彼は思った。
後光はウパリの顔と二重写しに見える。ウパリは七日間の反省をしなくても、もうすでに入門資格を備えていた。
シャーリー・プトラーは、ウパリの顔をジロジロながめていたが、
「ブッタ・サンガーに入門するには、七日間の反省をするのが建前になっている。そなたも反省の禅定をやって欲しい」
と、いった。
「はい、その通りさせていただきますだ」
彼はペコリと頭を下げると、適当な場所をみつけ、もう座禅を組みはじめた。
シャーリー・プトラーはウパリのキビキビした態度に感心すると同時に、呆気にとられ見守った。
七日間がまたたく間に経った。
シャーリー・プトラーはウパリが自分を頼ってきたので、七日目には報告にくるだろうと心待ちに彼を待ったが、夜になっても彼は現れなかった。
ハテ、どうしたのだろうと、森の中に入って行くと、小柄のウパリは相変わらず座禅を組んで反省している。
後光はどうかというと、以前より強度を増して光っていた。
シャーリー・プトラーは、どうしたとよほど声をかけようとしたが、真剣な彼の禅定を邪魔してはと思い、そばをそっと離れた。
(中略)……
七日間の反省は八日経ってもなおつづいた。
九日目になって、ウパリは初めてシャーリープトラーの下に参じた。
彼の九日間は、それこそ、飲まず食わずのそれだった。
意識だけは妙にはっきりしていたが、体の方は意志の力で支えているという風だった。
「反省をしてまいりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
必死の面持ちのウパリを上から見おろすようにながめたシャーリー・プトラーは、ウパリの真摯な態度に二度びっくりした。
彼の後光は一段と光彩を放っていたからである。
「ウパリ。わしについてくるがよかろう。ブッタに紹介しよう」
「ヘェー。ありがてえことだ。ソロモン様、あっしは必ず一生懸命にやりますだ。修行を怠らず、自分をためしてゆきますだ。どうかよろしくお願いします」
シャーリー・プトラーは、ブッタのところにウパリを案内した。
ウパリはシャーリー・プトラーに遅れまいと、足早についていった。
九日の反省によって、彼の心は大分落着いていた。
ブッタにお会いしても真実のままを見ていただけばよいと思い、心は軽かった。
「ブッタ、床屋のウパリが参りました」
「ウパリ……」
ブッタは、ちょっと思い出せないでいたが、すぐにそれと気付くと、
「ああ、カピラの床屋であったね。こちらに通しなさい」
ウパリはブッタの前に出ると、地面に頭をすりつけ叩頭した。
(中略)……
ブッタはウパリが身を投げ出しているのをすでに見ていた。
出家の動機が単に最下級の境遇から脱け出し、人びとから尊敬されるサロモンに憧れてのそれでないことがわかっていた。
もし、そうした気持ちがあれば、後光が黄金色に包まれることはなかった。
そればかりか、ウパリの心はスッキリしており、死を恐れていなかった。
弟子のなかには、ブッタの弟子という虚栄みたいなものを持ち、修行している者もいたが、ウパリを見て、ブッタは深くうなずいた。
「仏法はこの地上に調和を築くものだ。それぞれが己を知り、より豊かな心をつくる。不平不満があるうちは心に調和は得られないし、安らぎも真実もわからない。
そなたはよく自己をみつめてきた。より広い心をつくるにはどうすればよいか。それがそなたの課題になるだろう。自己に厳しく、人には寛容であることが仏法だが、自己に厳しいと人にも厳しくなるのが人の常だ。なぜそうなるかといえば、他人を意識しての自己統御であるからだ。自己統御は自己を知るためのもの、自己を試すためのものだ。他人のためにするのではない。
ところが、人びととともにあると、他のなかの自己を見出そうとする。そのため自己に厳しい者は他人にも厳しくなる。自己に甘い者は自己保存の念が強いので、他人には厳しいのだ。
どちらにせよ、自己を見つめるためには他を意識しては正しい自己は発見しにくい。他はあくまで、自己の心を正す材料であって、自己の延長とみてはなるまい。人の心は一つだが、人間にはそれぞれが主体性を持って修行するものなので、自己に厳しくても、他人には寛容でなくてはなるまい。この意味、そなたにわかってもらえるかな」
ブッタの慈悲の眼がウパリに注がれた。ウパリは、
「はい、はい、わかりましたでごぜいます。今のお言葉を、これから修行の目安に一生懸命つとめてゆきたいと考えますだ」
「わかってくれたか。仏法は自然が友だ。法を依りどころに、そなたも道に励んで欲しい」
「それではあっしもお弟子のはしに加えてもらえるんでごぜえますね」
「もちろんだ。わたしをよく見るがよい」
ブッタがそういわれたので、ウパリはブッタの顔を凝視すると、彼はハッと驚き、ひれ伏してしまった。
ブッタの後に梵天が燦然と輝き、なんともいえぬ光を放っていたからであった。
「そなたは生死を超えてここへきた。そなたは立派なサロモンだ」
ブッタのこの言葉にウパリはうれしさのあまり、おいおいと声を上げて泣き出した。
わきでさきほどからみていたシャーリー・プトラーも、目に涙を溜め、ブッタの慈悲に感激していた。
アナンとアニルダがいつの間に見えたのか、ウパリの入門で最初は驚いていたが、ウパリの真摯な態度に二人は顔を見合わせ、心で泣いていた。
今までは王子とシュドラー(奴隷)の関係であったが、今日からは同じ仲間であり、階級意識をむき出しにした態度は許されない。
同志として、友として、ウパリとともに道に励むことを二人は心に誓い合った。
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