昨晩(10/13)に、久しぶりに、GLA総合本部の友人と、夕食を共にしました。
名古屋駅のミッドランドスクェアの南にあるしゃぶしゃぶで有名なお店です。
この店を、スマホで、始まったばかりのGoToイートキャンペーンを利用して、予約をできたのは、ラッキーでした。
彼とは、昨年(2019年)12月1日に、横浜で開催された「2019感謝の集い」で、お会いして以来の再会です。
今年(2020年)3月に、東京に行く機会があって、会えないかと連絡したのですが、彼の都合がつかなくて諦めました。
彼は、そのことを覚えてくれていて、私が会いたがっていた理由を知りたかったのでした。
そのため、次のように、尋ねてくれました。
「どうして、僕に会いたかったんですか?」
「宇宙の話がしたかったことと、英語ができるかと思って連絡しました。」
と、お答えしました。
そのころ、光の銀河連合さんをチャネリングしているブロッサムさんのセッションに参加してみたな、と思っていて、英語ができそうな人を探していたからでした。彼は、
「ネイティブに、ペラペラ話されたら、とてもついていけないです。」
とのことでしたので、通訳には少し無理がありそうだとわかりました。
彼とは、同じ大学で、私が2年先輩でした。
彼の方が、GLAに出会うご縁が早くて、高橋信次講演会のポスターを大学の講堂近くの電柱に掲示してくれたおかげで、それを見て、信次先生の講演会に、初めて参加できました。
その時、既に、「心の発見」3部作を呼んでいたため、講演会で過去世の言葉を語り出す「現象」を期待して行ったのですが、初めての講演会では、「現象」はありませんでした。
ちょっと残念に思い、信次先生のご講演の録音テープを買って帰りました。
そのテープを、家に帰って、ベッドに横になりながら、何気なく聞いていたら、突然、胸からこみ上げてくるものがあり、嗚咽と涙が出てきて、ビックリしました。
そして、異言で語り合っている人たちの会話を聞いて、この人たちを知っていると思ったのでした。
そのことに、驚いて、早速、GLA中京本部に電話をしました。
電話の受付をされていたのが、偶然にも、彼のお姉さまで、彼とは、深いご縁があります。
「講演会のテープを聞いていたら、涙が止まらなくなったのですけれど。」
と、お話したら、彼女は、
「それは、よくあることです。青年部の集まりがあるので、来ませんか?」
と、誘われたのが、GLAに入るきっかけでした。
ご講演のテープによって、涙があふれたことは、自分自身に目覚める最初の出来事でした。
私は彼に、
私は彼に、
「霊的現象の体験は、ありますか?」
と、お尋ねしました。
「ないです。」
と、おっしゃいます。
「それは、自分で出ないように計画してきましたね。」
「霊道を開くと、邪霊に入られて、戻ってこれなくなる人もいるの大変です。」
と、おっしゃいました。確かに、その通りです。
「その後、23,24歳ころに、東京で京浜東北線に乗っていた時、口が勝手に動いて、何か話していると思ったら、それが、異言(過去世の言葉)でした。 三番目に、結婚する少し前、ある日、仕事をしていたら、過去世の意識が降りてきて、感激の涙を一日中、流しました。 それ以来、僕には過去世があると確信して生きてきました。 ただし、このことは、ほとんどの人には言わないようにしてきました。」
と、お話ししました。
彼は、とても冷静に聞かれていました。
私は最近、尿管結石ができて痛かった話をしました。
彼も、体験があるそうで、電車に乗っていて激痛が走り、電車から降りた経験を話してくださいました。
そこで、9月20日から、27日まで、北陸内観研修所に、集中内観研修に入って、2日目に、結石が体から出てしまったと、お話しました。
その時、洋式トイレの便器に、手を突っ込んで、結石を取り出した話を聞いて、笑ってくれました。
「GLA総合本部では、一番長い研修は、2泊3日でしたね。」
と、確認すると、
「そうです。」
と、答えてくれました。
「内観は7泊8日で、朝5時から夜9時まで、内観するのを、丸7日続けて行います。 そうしないと、なかなか人生の気付きが起きません。 信次先生は、ご存命のころ、吉本伊信先生の始められた内観を薦めておられて、GLAの会員を何人も、奈良の内観所に送り込まれました。 GLA総合本部では、それをどうしてしないかと思っています。」
「今の高橋佳子先生は、それを否定しているわけではないです。 止観シートを使って、毎日、自分を見つめるように指導されています。」
「一週間、缶詰めになってやるくらいではないと、なかなか深い気づきは起きないです。 〇〇さんも、内観を体験してみられたら、いかがでしょう?」
と、内観をお薦めいたしました。
そこから、高橋信次先生の話題になりました。
私が、昨年、GLA関西本部のガラスケースの中にで、信次先生の遺稿である、「新・復活」があったのを発見したという話をしました。
「『新・復活』を読んでみたいですか?」
と、お尋ねすると、
「是非、読みたいです。」
とおっしゃるので、メールでお送りすることにしました。
「高橋佳子先生も、信次先生の復活のタイミングを、考えておられるようです。」
と、おっしゃいました。
そのことについては、今後のGLA総合本部がどのように変容していくかで、明らかになっていくでしょう。