十三神 第5回 八柱之大神 その2 惶根之命

在りし日の松川晃月師 十三神之祈り
十三神の神々のうち、「国常立之命」に続いて、7神めになる「惶根之命」(かしこねのみこと)について、お話しさせていただきます。
晃月師からは、惶根之命を、理分け、息吹き分けの大神様と、お聞きしておりました。
 
雲の合間から漏れる日の光
 

八柱之大神 その2 惶根之命 (やはしらのおおがみ かしこねのみこと)

 
 清め之神に続いて、一つ二ツの大神の要請を受け入れたのが理分け之神、親さま(注、天理教の教祖中山みき様)はこの神名を惶根之命と仰せになった。
 
 私達はこの大神の働きによって、神の息吹を身近に感じる。神之理が理解できるようになればなるほど、「おかみ」は身近にもったいなくありがたい存在として浮かび上がってくると言うことだ。
 
 息吹き分けを効能の理とするこの神は、吹き分けた息の働きによって、「おかみ」のなんたるかを理解する。
 
 大自然で言えば、未申(西南)に立って、男の人間関係を司り、見守っておられる。
 
 言葉は、口から出るを第一としますが、息の働きによっている。従って、言葉は社会の人間関係を作ることに重要な働きをしています。社会は、男性性の支配するところであります。
 
 女性であっても、その持つ男性性が働くのです。この言葉が憎しみに支配されると、肺がやられます。憎しみまで行かずとも、言葉が乱れると肺が痛みます。
 
 私達はしばしば経験することですが、喘息などの呼吸に関わる症状は左薬指から血を抜くと軽くなることから左薬指にこの神が象徴されていると言うことは理解できますが、根本的には社会的な人間関係を良いものにすると言うことが大事です。
 
 社会的存在として私達を規定するのは、この大神であると言うことが出来ます。
 
 仏界においては、大日の如来と表される。また、このエネルギーは金剛界と胎蔵界大日之如来二尊に表現され、それぞれ智と理を表したと言うことも知っておくに若くはない。
 
 また、聖道門浄土門と言い表された仏界の言い方などは、自力他力の違いはあるにせよ、言葉によって「おかみ」を理解しようとした人間の営みである。我が国では、法然上人の救い、浄土教がこの神が特徴的に現れた物と考える。
 
 日々にては、男性性が最も活発に動ける14時から18時を守護している。だから、男子の営業がこの時間を中心に為されるわけである。
 
 月で言えば、18日目正午過ぎから23日目正午あたりまでを守護している。社会活動である組織の理分けを必要とする会議などはこの間に開催する方が上手く行くのはこのせいである。
 
 また、年で言えば7月21日より、9月20日までを守護され、例えば、社会の整理や実相を見つめようと言うときは、月と年が重なる日中14時から18時に集中して議論すべしである。
 
 この様な実利は、八柱之大神が一神一神効能を分け、守護する理をおわけになっておられるからですが、私は、実利は確かにあるのが当然だけれど、大切なことは、「おかみ」を理解することだと思います。
 
 ちゃんと正しく理解をし神仰を深めることが、「おかみ」がお守りいただきその不思議を実感することに繋がっています。
 「おかみ」は理解が間違っているところには手をお出しになりません。やがて、邪や魔に取って代わられるのは「おかみ」の理解が間違っているからとしか言いようがありません。
 
 理屈、理論、体系を間違わず、理解しましょう。理解を深めながら、神仰生活を続けましょうと呼びかけたいと思います。
 
 
【解説】
理分けの大神の惶根之命様のお話を聞いたとき、人は息を吹き分けて、言葉を発します。その言葉を、つかさどる神様だから、論理というか、ロジカルな部分をつかさどり、社会理念を作り、男性社会をつかさどっている神様なのだと、納得しました。
 
惶根之命様は、垂迹して、大日如来に姿をかえるということは、もっともだ思います。
 
晃月師は、この「理分け」の重要性を、しきりに言われました。
晃月の周りに集まった人たちは大勢いましたが、理分けを間違えて、「神仰」を深めることができなかった方々も、多くいます。
 
ともすると、「神仰」は感情的、感覚的なものになりやすいところがあります。
お神を理解(理分け)するということが、同時に伴っていないと、正しい結果が得られず、邪や魔の餌食になってしまうことを、よくよく心すべきだと思います。
 

 「理屈、理論、体系を間違わず、理解しましょう。理解を深めながら、神仰生活を続けましょう」という晃月師の言葉は、重く響きます。  晃月師がこの世を去り、晃月師の元に集まった人々の多くが、「神仰生活」を続けられなかった原因は、お神への理解(理分け)が深まらなかったところにあると思えるのです。

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