お取り次ぎ

松川晃月師のポートレート スピリチュアル
晃月師より、「お取り次ぎ」ということを教えていただきました。これは、お神を取り次ぐということです。 以前、晃月師が指導をされていた「修養会」という2泊2日の合宿がありました。
松川晃月師のポートレート

お祈りの時の松川晃月師

私は修養会に参加させていただいて、このお神を取り次ぐ「ボディワーク」を、学ばせていただきました。
晃月師は、「お神は最初から、全てのことを教えてくれる。出し惜しみをしない。」と、おっしゃって、この武術でいえば、極意を惜しみなく公開しておられました。

お神を取り次ぐ、その極意とは何だったのでしょうか? それは、自分を無にして、お神をそのまま「取り次ぐ」ということでした。つまり、エゴを入れないことです。
 
晃月師のお取り次ぎには、身上(みじょう)取り次ぎと、事情(じじょう)取り次ぎの二種類がありました。
 
どちらの取り次ぎも、エゴを無くして、お神を取り次ぐという点では同じです。

身上取り次ぎについて

身上取り次ぎは、「癒し神行」と呼ばれていました。
 
「ボディワーク」は、「レイキ」という代替医療がありますが、見た目に似ていますが、違うものといっていいでしょう。
 
お神を取り次いだとき、例えば、「ボディワーク」を、病気の人に対して、行なったときに、病気が治癒するなどの効果があれば、お神が働いたといえます。
 
晃月師が、お取り次ぎをされた場合でも、結果が出なかった事例はありました。
 
目の見えない方を、晃月師は何とか直そうとされましたが、目が見えるようにはなりませんでした。
お神が働かなかったというより、その人が目が見えない人生を送る選択をしていたことが理由だと思います。
 
私は、「母の死」のブログで書いたことですが、次のように、お神の働きを体験させていただきました。
 
家に帰って、(晃月師に)いわれたように、母の脇腹に指を軽く突きました。
すると、あっけなく病気は治ってしまいました。
 
他にも、病気が治ってしまったケースがありました。
しかし、それは、私に超能力があるというようなことではなく、ただ、その心根に応じて、お神が働いたということなのです。
 
晃月師は、毎日のように、お取り次ぎを行われました。
晃月師のところには、師の噂を聞いて、現代医療に見放された人たちが、数多く訪ねてこられました。
 
晃月師が、脳梗塞で倒れられて、口がきけなくなった状態であっても、訪ねてこられる方は、あとを絶ちませんでした。
家族がとめるのを振り切って、晃月師はお取り次ぎを続けられました。
 
非常に重篤な病に罹っている方たちに、癒し神行を行い、病いが治ってしまったことは、一度や二度ではありませんでした。
医者が、検査で発見された患部が、一晩で、治ってしまったことを、信じられなくて、あっけにとられたこともあったようです。
そのような時、晃月師は自分の力で、病が治ったとおっしゃることは、絶対ありませんでした。いつも「お神が働いたからや。」の一言でした。お神は、その心根を良しとして、働いてくれるのです。
征さんの十の心構えに出てくる「直ぐななる姿、心のうちにこそ」とは、そうした心根の人の姿、心を指していると思うのです。

事情取り次ぎについて

晃月師の事情取り次ぎの方法は、柏手(かしわで)の音でした。
 
柏手とは、神社に参拝するときに行う、二礼二拍手(にれいにはくしゅ)の拍手のことです。
 
柏手(かしわで)を打って、その音を聞き分けて、ものごとの是非を決めるということをされていました。
 
お神に取り次ぐ問題を心に浮かべながら、柏手を打って、その柏手の音が、「ポン」と良い音がするのか、あるいは、例えば「パスッ」というような死んだ音がするのかを聞き分けて、その問題の是非を判断するという方法でした。
 
この方法も、当然、無心でなければ、正しい回答が得られません。
 
また、柏手の音を聞き分けるには、常日ごろから、お祈りをしていて、自分の柏手の音を聞いていなければ、それが良い音か、そうでないかを判断することは無理だと思います。
 
晃月師に降りてきた、お神のメッセージは、「晃月神諭」と呼ばれています。
 
この晃月神諭は、チャネリング、自動書記といっても良いでしょう。
 
お神の言葉は、外から聞こえてくるのではなく、おなかの底、心の底から言葉にはならない、言葉として伝えられてくると、おっしゃっておられました。
 
言い換えれば、チャネリングは、お取り次ぎのひとつの形態、といって良いでしょう。
 
ブロッサムさんも、光の銀河連合さんに苦言をいうのではなく、無心におを取り次ぎをすれば、ストレスが少ないのではないかと思います。
つまり、チャネリングした言葉の責任を、自分で負うのではなく、すべて、光の銀河連合さんの責任にするということです。
 
いずれにしても、身上取り次ぎも、事情取り次ぎも、自分を無にして、つまり、エゴを無くして、行うことによってのみ、正しい結果が得られます。
(「あたらしき星への誘い」 その2のブログの我さんの十の心構えから、抜粋) 一、その「他の星」とはどのような星かというと、今の地球よりはるかに軽い波動を持った星であることを知ってください。その星の上で、あなたたちは、今一度、新しい人となります。
一、あなたたちをその星に、運んでいくのは、あのエジプトの大きなピラミッドにある、新しい波の力(エネルギー)であると知りなさい。その波の力(エネルギー)は、すでに封印がとかれて、全て解き放たれています。
一、まず、人々は、その力を十分に受けることを、しなければなりません。素直な姿、心になれば、すべてその新しい力が、あなたたちの体、心の中に(直ぐななる姿、心のうちにこそ)しみわたります。
私たちは、アセンションをするために、新しい波の力(エネルギー)に乗って、軽い波動の星に運ばれるのです。 そのためには、直ぐななる姿、心のうちにこそ、つまり、エゴを無くした素直な姿、心になってこそ、新しい波の力(エネルギー)を自分のうちに、受け入れる、つまり、取り次ぐことができるわけです。
 
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